ふみのや ときわ堂

季感と哀歓、歴史と名残りの雑記帳

大阪礼賛、みをつくしても。

大阪には、あえていくほどのところは、とくにない。
大阪うまれ、大阪育ちの身として、力強くいえる。
だから、そとからきたひとに尋ねられると困る。
うーん、京都か奈良にいったら?
大阪城にいくなら白鷺城のほうがいいし、神戸の異人館もいい。
寺社は京都に勝るものはなく、より古代にさかのぼりたいなら、どこかの段階で時間がとまってしまった奈良へ。
大阪は、いろいろあるけど…………あえていくほどのものは。
うちの祖母がいっていた。
いろいろあったけどな、みな空襲で焼けてしもたわ。

 

まったく胸ははれないけれど、大阪っぽいところもあるのはある。
東京より繁栄しておらず、発展したいのか停滞したいのかわからない中心部。そこここにのこる、無計画な昭和感。だいたいぼろい。だいたいきたない。導線がよくわからない。地方都市のゆったりしてきれいな大道路はなく、あちこちせせこましい。運転はみな荒く、いらちが蔓延している。電車は2列でならんでいるのに、ドアがあいた瞬間、なだれこむ。信号は、かならず守るとはかぎらない。ぐしゃっとなって、どどっとすすむ。それが普通。マナーとかじゃない、普通。

 

そんな大阪を体現するまち、なんば。
地上は、いま観光客でえらいことになってる。
地方のともだちが「今夜、お祭りでもあるのかと思った」といっていた。
もしいくなら、期待値をかぎりなくさげて、底が抜けるくらいさげて、水路もぜひ。
大阪城と道頓堀を50分で結ぶ小型クルーズ船。
http://suijo-bus.osaka/guide/aquamini/
https://www.suito-osaka.jp
情趣はないが、大阪感はある。

 

そう、大阪は、川や堀や橋がよく地名につく。
駅名だけでも、淀屋橋、心斎橋、日本橋、鶴橋、長堀橋、京橋。
橋がそこここにあるものの、京橋あたりは延々に対岸に渡れないトラップがある。

 

そういえば高校のとき、物理教師が大阪のことを「東洋のヴェネツィア」と呼んでいた。だいぶ盛った。
そんな東洋のヴェネツィアでいちばん有名な川といえば、道頓堀川。
宮本輝が「腐った運河」と称した、ヴェネツィアの花形運河。
阪神優勝で投げこまれたカーネルサンダース人形は、行方を消失した。
その24年後、ひきあげられたときは、一大ニュースになった。
タイガースにとどまらない。わりとなんでもいい。
日韓W杯では、日本が勝つと道頓堀ダイブがはやった。
橋本元大阪府知事は、道頓堀をプールにするという構想案を推していた。
それだけ大阪人のこころにダイレクトにアクセスしてくる、道頓堀。
水質はきれいなはずなのに、みんなが顔をしかめていう。
「あんな汚いとこ」

 

ところで、道頓堀川にはかの有名な、ひっかけ橋がかかっている。
ナンパが多い。
ナンパというか、張っている。
たくさんのキャッチのお兄さんたちが。
橋のはしで、待機している。
張り番のごとく。

 

中学生のとき、通りさしに、ともだちがいった。目を光らせながら。
―この橋、有名やん、知らんの?
―気を抜いたらあかん。一気にかけぬけるんや。
ひそめられた声から危険を察知し、14歳のわたしは非日常を味わった。
目をあわせないように。視界のはしをかすっても、見てはいけない。
いまみたら、どうみてもホストやがなと思うけれど、あのころのわたしはピュアだった。

 

橋と堀から切っても切れない、大阪市の市章は、みおつくし。
角ばっているので、シンボルとしてはあんまり情緒がない。
みおつくしは、水路にたち、航路をしめす。
「身を尽くし」と音が同じなので、和歌によく詠まれた。


  わびぬれば 今はた同じ 難波なる
    みをつくしても 逢はむとぞ思ふ 元良親王


身を尽くしても、この身を滅ぼしても、あなたに逢いたい。

 

 

【本日の参考文献】

 「あぶくこそ湧くことはないが、ほとんど流れのない、粘りつくような光沢を放つ腐った運河なのであった」

と、宮本輝が書いた『道頓堀川』。宮本輝は大阪人だと、いまのいままで思ってた…

道頓堀川

 

百人一首はいまだに、ぜんぶ覚えたい衝動に、たまにかられる。かられるだけ…

田辺聖子の小倉百人一首 (角川文庫)