ふみのや ときわ堂

季感と哀歓、歴史と名残りの雑記帳

勝間塾には、仲間がいる。


社会人になってからこっち、ほかに、いろんな場にでてきた。
探してきた。
しごとや同窓会ではない、つながりを。
あらたな人間関係を。

学生のころまでは、みんなおなじエレベーターにのっている。
6階までいくと、のりかえて、3階へ。
そこで義務教育終了。
高校も3階まで。
きらめく青春の思い出をふりきって、つぎのエレベーターへ。
さいごの4階までいくと、もう次のエレベーターはない。
高速道路へ放たれる。
みんな最初から飛ばしまくる。
あしたが明るいと信じているからだ。
高速の標識ごとに、ともだちは、だんだん減っていく。
3年目の標識をこえたあたりで、やっと気づく。
みんなの歩幅は違うのだ。
のっている車も、違ったのだ。
しごとをやめた。子育てをはじめた。海外へいく。
うまくいかない。もうやっていけない。再起する。
再度、立ちあがる。
そのうちに価値観は、分かたれていく。
だれだって自分をまもる必要がある。
自分がただしいと、まちがっていないと信じたい。
凝りかたまってゆく。

そうじゃない。そんなんじゃない。
だれかを否定したいわけじゃない。
皮肉はいらない。ほんとはあきらめたくない。
仲間意識はもちたいけれど、愚痴もつかれる。
だれかをうらやみたくもない。
がんばってると思いたい。

仲間がほしい。
わたしが何をえらんでも、どんな道をあゆんでも、横で冗談をいいあっている、ひとむらのかたまりがいてほしい。
属性に関係なく、本音を話せるところがほしい。

勝間塾のオフ会にでるようになって、一年半。
年齢も性別も境遇も、まるでちがう。
この場にいなければ、話もできなかったひともいただろう。
ここでは、フラットに話すことに、なぜか、なっている。

特に、関西メンバーには、アジトといえる場所がいくつかある。
そのうちのひとつ。
大阪環状線内。
駅からすぐ。
もう何度、通ったことだろう。
駅前のセブンで、何度、塾生にでくわしたことだろう。
うしろすがたで、すぐわかる。
名前を呼ぶと、おどろいた顔。
すぐに笑顔。

てらてらと銀杏並木が輝く、おひるどき、高架下の車の轟音がする。
声をはりあげて、おたがい話す。

雨の夜。
黒光りするアスファルト、銀杏がはりつき、すそがぬれて、いっそう濃くなる。
阪神高速下はいよいよさわがしく、みずたまりをはじいて、飛沫をちらしていく。
ビニール傘の下で、他愛ない話をする。

アジトのマンションには、すぐたどりつく。
オートロックのボタンを押していると、うしろから声をかけられる。

――あれ、早いですね。いつもはギリギリなのに。
――しごと投げ捨ててきましたよ。

3時間後、みんなでぞろぞろアジトを出る。
つれだって駅に向かう。
仕事がおわってから、勉強会に参加して、それからやっと帰るのに、イベントの高揚感をまだひきずっている。
22時もまわって、家路を急ぐ。
あたりは、いそぎ帰宅するひとが、足早にすれちがっていく。
LEDの街灯は、滴滴と、白くつめたい影をつくっている。
大病院のながい敷地は、暗く、静まりかえっている。
対照的に、みんなまだ、興奮していて、口々に感想をいいあい、笑いさざめきあう。
わかれ道になる。

――車なのでこっちいきます。
――それじゃ僕、地下鉄なので。
――環状線、わたしこっち回りです。
――じゃあまた、来週。
――最近、毎週、お会いしてますね。
――かぜ、はやく治してね!

満面の笑顔で、手をふってわかれる。

アジトの駅前にある、中華屋のからあげはおいしい。
話したりないときは、キューズモールのカフェになだれこむ。
23時前なのに、ロイヤルホストでハンバーグをたべている。
アジトの主がつくってくるごはん、家族作以外では、いちばん多い気もしてきた。
あのごはんを、何度、みんなで囲んだことだろう。
いくたび、ここに通っただろう。
ぬかるむ雨の夜も、銀杏のかがやく昼も、仕事につかれた夜も。

何年も、何十年もたったら、ここはもうなくなっているんだろうか。
おとなになって、たむろするようになったアジトは、こどものころのように儚いのだろうか。
30年、いや40年くらい先。
もうだれもかれもいなくなったあと、きっと思い出すだろう。
あまくさびしく、懐かしむだろう。
森ノ宮駅を、通るたびに。
ここは、まちがいなく、わたしたちの居場所だったと。
ホームだったと。

 

 

 

▼勝間塾の関西メンバーが、ここのようすを書いている記事があるので、すこしご紹介します。

 

▼勝間塾について過去にも書いてました。